第一条 戒厳令は戦時若くは事変に際し兵備を以て全国若くは一地方を警戒するの法とす
第二条 戒厳は臨戦地境と合囲地境との二種に分つ
第一 臨戦地境は戦時若くは攻撃其他の事変に際し警戒す可き地方を区画して合囲の区境と為す者なり
第二 合囲地境は敵の合囲若くは攻撃其他の事変に際し警戒す可き地方を区画して合囲の区域と為す者なり
第三条 戒厳は時機に応じ其要す可き地境を区画して之を布告す
第四条 戦時に際し鎮台営所要塞海軍港鎮守府海軍造船所等遽かに合囲若くは攻撃を受くる時は其他の司令官臨時戒厳を宣告する事を得又戦略上臨機の処分を要する時は出征の司令官之を宣告する事を得
第五条 平時土寇を鎮定する為め臨時戒厳を要する場合に於ては其地の司令官速かに上奏して命を請ふ可し時機切迫して通信断絶し命を請ふの道なき時は直に戒厳を宣告し得るの権ある司令官とす
第六条 軍団長師団長旅団長鎮台営所要塞司令官或は艦隊司令官鎮守府長官若くは特命司令官は戒厳を宣告し得るの権ある司令官とす
第七条 戒厳の宣告を為したる時は直ちに其状勢及び事由を具して之を太政官に上申す可し但其隷属する所の長官には別に之を具申す可し
第八条 戒厳の宣告は曩に布告したる所の臨戦若くは合囲地境の区画を確定する事を得
第九条 臨戦地境内に於ては地方行政事務及び司法事務の軍事に関係ある事件を限り其地の司令官に掌握の権を委する者とす故に地方官地方裁判官及び検察官は其戒厳の布告若くは宣告ある時は速かに該司令官に就て其指揮を請ふ可し
第十条 合囲地境内に於ては地方行政事務及び司法事務は其地の司令官に管掌の権を委する者とす故に地方官地方裁判官及び検察官は其戒厳の布告若くは宣告ある時は速やかに該司令官に就て其指揮を請ふ可し
第十一条 合囲地境内に於ては軍事に係る民事及び左に開列する犯罪に係る者は総て軍衙に於て裁判す
〔中略〕
第十二条 合囲地境内に裁判所なく又其管轄裁判所と通信断絶せし時は民事刑事の別なく総て軍衙の裁判に属す
第十三条 合囲地境内に於ける軍衙の裁判に対しては控訴上告を為す事を得ず
第十四条 戒厳地境内に於ては司令官左に記列の諸権を執行するの権を有す但其執行より生ずる損害は要償する事を得ず
第一 集会若くは新聞雑誌広告の時勢に妨害ありと認むる者を停止する事
第二 軍需に供す可き民有の諸物品を調査し又は時機に依り其輸出を禁止すること
第三 鉄砲弾薬兵器火具其他危険に渉る諸物品を所有する者ある時は之を検査し時機に依り押収する事
第四 通信電報を開緘し出入の船舶及び諸物品を検査し竝に陸海通路を停止する事
第五 戦状に依り止むを得ざる場合に於ては人民の動産不動産を破壊燬焼する事
第六 合囲地境内に於ては昼夜の別なく人民の家屋建造物船舶に立入り察する事
第七 合囲地境内に寄宿する者ある時は時機に依り其地を退去せしむる事
第十五条 戒厳は平定の後と雖ども解止の布告若くは宣告を受くるの日迄は其効力を有する者とす
第十六条 戒厳解止の日より地元行政事務司法事務及び裁判権は総て其常例に復す
【出典】姜徳相・琴秉洞編『関東大震災と朝鮮人――現代史資料』(みすず書房)、13-15頁